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通院の日は、朝の動き方がちょっとだけ違う。
カバンの中身は基本入れっぱなしだから、準備といっても大したことはない。診察券、保険証、自立支援の受給者証。前の晩に確認するほどのことでもなく、ただ当日の朝にメモを整理する。前回の通院から何が変わったか。薬を飲み忘れた日はあったか。最近の調子はどうだったか。
書きながら、思い出せることと思い出せないことがあって、だいたい半分くらいしか埋まらない。まあそんなものかと思ってカバンに入れて、家を出る。
片道1時間半
病院が遠い。片道1時間半かかる。これが通院でいちばんしんどいところだと思う。
仕事をしていなかった時期は朝から行っていた。仕事をしている今は、午後から中抜けで行く。どっちにしても、移動だけで体力を持っていかれる。電車に乗って、乗り換えて、歩いて、着く頃にはもうそれなりに疲れている。
行く意味と、かかる体力のバランスが噛み合わない。 数分の診察のために往復3時間。平日にしか行けないから、通院の日は他の予定とは違う一日になる。あらかじめ空けておかないと成り立たない。
転院すれば近くなるかもしれない。でも主治医との関係をいちから作り直すのも面倒だし、今の先生が悪いわけでもない。遠いまま通い続けているのは、消去法の結果でもある。
待合室の時間
着いたら受付を済ませて、待つ。
1時間以上待つのはざらで、ひたすらスマホを見ている。何かを真剣に読んでいるわけではない。タイムラインをぼんやりスクロールしているだけで、頭にはあまり入っていない。
時々、待合室に知り合いがいる。同じ病院に通っている闘病垢の人。そうなるとくっちゃべっている。診察の前だけじゃなく、終わった後もしゃべっていることがある。待合室が、ちょっとした立ち話の場所になる。
暇。ただひたすら暇。でも移動で疲れた体を座って休ませている時間でもあるから、苦かと言われるとそうでもない。
数分の診察
名前を呼ばれて、診察室に入る。
会議みたいに、数分で終わることが多い。メモを見ながら直近の状況を伝えて、先生がいくつか質問して、薬の確認をして、おしまい。そんなに頻繁に薬は変わらない。
精神科の通院精神療法は、5分でも29分でも診療報酬がほぼ変わらないらしい。だから構造的に短くなりやすい、という話を読んだことがある。それを知っても何かが解決するわけではないけれど、先生が冷たいとかではないんだな、とは思った。
伝えたいことの全部は言えない。メモに書いてあっても、その場になると言い出せないことがある。言おうとしていたことの半分くらいで「では次回また来てください」になる。残りはカバンの中のメモに残ったまま、家に帰る。
コンサータを処方してもらったときは、ちょっと頑張った。普段の診察では言い出しにくいことを事前にメモに書いて、紙ごと先生に渡した。読んで対応してくれた。ああいうときは、メモを書いておいてよかったと思う。
うつのトンネルを抜けた人たちのインタビューを漫画にした本がある。通院や服薬を続ける中で、あるとき少しだけ何かが変わる瞬間が描かれていて、「数分の診察を何十回も繰り返す」ことの意味みたいなものが伝わってくる。
田中圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』
¥1,100(税込)
うつを経験した著者が、同じトンネルを抜けた人たちに話を聞いたインタビュー漫画。劇的な回復譚ではなく、通い続ける日々の先にある小さな変化が描かれている。
帰り道
診察が終わると、すっと楽になる。
用事が終わった、という開放感。ご褒美みたいなことは特にしない。コンビニで飲み物を買うくらい。
仕事の日は急いで戻らないといけないから、寄り道する余裕もない。仕事をしていなかった頃は、帰りの電車でぼんやり窓の外を見ていた。どちらにしても、帰り道がいちばん気楽だと思う。行きの「これから行かなきゃ」とも、待合室の暇さとも違う。ただ終わった、というだけで、ちょっとだけ軽い。
通院日だけの時間
闘病垢では、「今日通院日」「病院行ってきた」みたいなツイートをよく見かける。自分もする。周りに向けての状況報告。人によっては何分診察だったとか、先生とのやり取りまで詳しく書いている。
誰に向けて書いているのかと聞かれると、正直よくわからない。フォロワーに向けてと言えばそうだし、自分のログとして残している面もある。通院を続けていることの確認、みたいなもの。
通院は、日常の中にある非日常だと思う。 ルーティンなのに毎回ちょっとだけ緊張するし、終わるとちょっとだけ安心する。劇的なことは何も起きない。薬が変わるわけでもない。でも、行くこと自体にたぶん意味がある。
カウンセリングの記録をそのまま本にした人がいる。定期的に誰かの前に座って話す、その繰り返しが書かれていて、劇的な回復は出てこない。でも通い続けることで少しずつ何かが動いていく感覚があって、通院の空気と重なるものがあった。
ペク・セヒ『死にたいけどトッポッキは食べたい』
¥1,540(税込)
韓国の当事者が、精神科医とのカウンセリングの記録をそのまま書いたエッセイ。「通い続けること」の手触りがそのまま残っている一冊。
行く意味と体力が噛み合わないまま、それでも月に一度か二度、同じ電車に乗っている。帰りのコンビニで買う飲み物が、たぶん通院でいちばん楽しいところだと思う。
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※この記事は個人の体験と観察に基づいています。症状や治療については主治医にご相談ください。

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