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この記事は「闘病垢の話」シリーズの1本目です。
Xのタイムラインの上のほうに、スペースが立っている。
知っている名前。いつもの人。とりあえず入る。
特に話題があるわけではない。昨日の体調がどうだったとか、今日なに食べたとか。近況がぽつぽつ出ては消えて、同じ話題がまた戻ってくる。でも誰も気にしていない。
闘病垢のスペースは、だいたいそんな感じで一日中流れている。
一日中やっている
闘病垢というのは、精神疾患や慢性疾患を持つ人がXで作るアカウントで、同じような状態の人とつながるために使われている。テキストでのやりとりが中心だけれど、スペース——Xの音声通話機能——もわりと日常的に使われていて、開いている時間の長さが独特だと思う。
朝起きたらもうスペースが立っていて、昼には別の人が開いていて、夜もやっている。同じ人が朝から8時間以上いることもある。入ったり出たりしながら、なんとなくそこに参加している感じ。
大した話はしていない。 通院の報告。薬の話。天気の話。話題がなくなると沈黙になるし、同じ話が3回ループすることもある。暇つぶし、と言えばまったくそのとおりだと思う。
でも、暇つぶしだから意味がない、とは思わない。
ラジオみたいなもの
スペースに入っているとき、自分はだいたい聞き専でいる。話さずに聞いているだけ。これはわりと普通の参加スタイルで、2024年には匿名で聞ける機能も追加されて、さらに入りやすくなった。
聞いているときの感覚は、ラジオに近い。
内容を真剣に追いかけているわけではない。部屋でテレビをつけておくのと似た感覚で、誰かの声がしている、それだけで空気がちょっと変わる。
テキストのタイムラインは、調子が悪いときにはしんどい。文字を読んで、内容を解釈して、気になったら返事を考える。ひとつひとつは小さい負荷でも、体調が悪い日にはそれだけでそこそこ消耗する。声は流れてくるものをぼんやり受け取ればいいから、同じ「つながり」でも頭への負荷が違う。 自分がスペースに長くいられるのは、たぶんそのせいだと思う。
眠れない夜にスペースを開いておくことがある。話を聞いているというより、声がしている状態をつくっている感じに近い。内容はほとんど頭に入っていなくて、ただ誰かが喋っている気配だけが耳に残る。それだけで、部屋の空気がほんの少し柔らかくなる。テレビをつけっぱなしにして寝るのと似ているかもしれない。ただ、テレビより距離が近い。知っている声だから。
みょうに密着している
闘病垢のスペースには、独特の距離感がある。
みょうに密着している。一日中同じ場所にいて、調子が悪い日もいい日も一緒に過ごす。「薬飲んだ」「病院行ってきた」「今日は動けなかった」——ふつうのSNSでは言いにくいことが、ここではただの日常として共有されている。
でも、べたべたしているわけでもない。入っても挨拶しない人もいるし、途中で無言で抜けても誰も気にしない。名前を覚えていないこともある。自分も何人かは声だけ知っていてアイコンと一致しない、ということがある。
それでいて、外の人を完全に閉め出すわけでもない。鍵垢じゃなければ誰でも入れるし、見知らぬ名前が来ても追い出すようなことはない。
友達でも、家族でも、相談相手でもない。 でも毎日そこにいる。その距離感が、たぶんこの場所を成立させている。
「ただいること」に意味がある場所の話を、臨床心理士の東畑開人がデイケアを舞台に書いている。治療でもない、相談でもない、ただそこにいる時間にどんな意味があるのか——スペースの空気感と重なるところが多かった。
東畑開人『居るのはつらいよ — ケアとセラピーについての覚書』
¥2,200(税込)
デイケアに赴任した臨床心理士の記録。「する」と「いる」の間で揺れる日々が、スペースの「何もしなくていい時間」と重なる。
声がしている、ということ
大きな話をしたいわけではない。ただ、闘病垢のスペースを見ていると、つながりというのはべつにドラマチックなものではないんだな、と思うことがある。
大した話はしていない。話題はループする。でも誰かの声がしている。毎日、なんとなくそこにいる。
それは暇つぶしかもしれないし、心のつながりかもしれない。たぶん両方だと思う。
「何もしなくていい場所にいること」の感覚を、別の角度から書いている人がいる。phaの『しないことリスト』は「しなきゃ」を手放すための本で、スペースの空気と通じるところがあった。
pha『しないことリスト』
¥814(税込)
「しなきゃいけない」を手放すためのヒント集。がんばりすぎない生き方を提案する一冊で、スペースの「何もしなくていい空気」と重なるところが多い。
この連載について
ここから何回かに分けて、闘病垢の界隈で見たことを書いていく。
当事者として中にいながら、「これは外の人は知らないだろうな」と思ったことを、なるべくそのまま書く。持ち上げるつもりも否定するつもりもない。ここにある風景を言葉にしておきたい。
次回は、スペースの中でもちょっと特殊な「寝落ちスペース」について。
関連記事: 寝落ちスペースという発明
※この記事は個人の体験と観察に基づいています。症状や治療については主治医にご相談ください。

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