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この記事は「闘病垢の話」シリーズの2本目です。前回: スペースはBGMみたいに流れている
深夜1時、眠れなくてXを開く。タイムラインを流し読みするつもりが、上のほうにスペースが立っている。知っているアイコン。昼間もやっていた人だ。
入ってみると、もう誰も話していない。ときどき寝息が混じる。リスナーが3人残っていて、全員ミュートのまま。ホストも寝ている。
寝落ち通話という言葉がある。恋人同士が電話をつないだまま眠るやつで、検索すると恋愛メディアの記事しか出てこない。「好きな人との距離を縮める方法」とか「切るタイミングはどうする?」とか。
ここで起きていることは、たぶんそれとは少し違う。
スペースは昼も夜も開いている
前回書いたように、Xのスペースは闘病垢の界隈ではわりと日常的に使われている。昼間は雑談、夜は雑談の延長か、あるいは黙ったまま。
同じ人が昼も夜もスペースを開いていることがある。昼はふつうに話していたのに、夜に入ってみるともう寝ている。スペースだけが残っている。
最初にそれを見たのは、昼間のスペース主が夜にもやっていたのに参加したときだった。入ったらすでに寝ていて、不思議な感覚だった。閉じないんだ、と思った。
でもしばらく見ていると、それが珍しいことではないとわかる。夜のスペースは、そういう場所として機能している。
同じ部屋に寝転がっている感覚
スペースの寝落ちは、1対1の通話とは構造が違う。
場がある。ホストがいて、リスナーが何人かいて、話している人もいれば黙っている人もいる。そして寝ている人もいる。全員が同じ部屋に寝転がっているような感覚、と言えばいいのか。誰かが寝息を立てていて、誰かがたまに寝返りを打つような音が聞こえて、それでいて部屋の中は静かだ。
名前も知らない。本名はもちろん、ハンドルネームすら覚えていないこともある。アイコンだけぼんやり見覚えがある程度の相手と、同じ暗い部屋にいるような時間を過ごしている。
深夜のスペースに入ると、たいていの場合、最初の数秒で空気がわかる。まだ誰かが喋っている夜と、もう全員が沈黙している夜がある。沈黙のほうに入ったとき、画面の向こうに何人かの呼吸がある。それだけのことが、天井を見つめているよりずっと静かに感じる。
薬を飲んで、眠くなって、そのまま
スペースの中で薬を飲む人がいる。眠剤なのか頓服なのかはわからない。「薬飲んだ」と一言だけ言って、しばらくすると声が途切れる。
ODのときもある。それを目の前で見ることもある。
重い話を書いているつもりはない。界隈にいると、これはわりと淡々と起きていることで、誰も大騒ぎしない。「おやすみ」とも言わないし、「大丈夫?」とも聞かない場合が多い。ただそこにいる。
昼間は元気そうに話していた人が、夜になると調子を崩していることがある。声のトーンが明らかに違っていたり、話す量が急に減ったりする。昼と夜で別人みたいになることは、この界隈では珍しくない。
居場所という言葉が重すぎるなら
居場所、と書くと少し重いかもしれない。本人たちがそう呼んでいるかどうかもわからない。
ただ、眠れない夜に開ける場所があるというのは、それだけでひとつの発明だと思う。病院でも相談窓口でもない。誰にも何も求められない。ただ、声か寝息が聞こえる。
眠れない夜に天井を見つめて考え事がループするよりは、誰かの存在を感じながら目を閉じるほうが、少なくとも見てきた範囲では穏やかに見えた。
眠れない夜、というテーマで書かれた短編集がある。直木賞作家の千早茜が書いた本で、西淑の挿絵が入っていて、1話が短い。寝る前にちょうどいい分量になっている。スペースとは関係ないけれど、眠れない夜をどうやり過ごすかを考えている人の本棚には合うと思う。
千早茜『眠れない夜のために』
¥1,760(税込)
直木賞作家が「眠れない夜」をテーマに書いた10篇の短編集。西淑の挿絵入り。1話が短いので、目を閉じる前にちょうどいい。
夜が、少しだけ短くなる
スペースが日常に溶け込んでいる、という話を書きたかった。
昼も夜も、誰かがスペースを開いている。そこに入ることはいつでもできるし、出ることもいつでもできる。話してもいいし、黙っていてもいい。そして寝てもいい。
それを「寝落ちスペース」と名付けた人はたぶんいない。自然にそうなっただけだ。でも、自然にそうなったものは、名付けられたものより強いことがある。
眠れない夜が、これで劇的に変わるとは言わない。薬が要らなくなるとも思わない。
ただ、夜が少しだけ短くなる。それは小さいけれど、たしかなことだと思う。
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※この記事は個人の体験と観察に基づいています。症状や治療については主治医にご相談ください。

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