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この記事は「闘病垢の話」シリーズの4本目です。前回: 「無理しないで」の二重の意味
スペースで誰かが自分の症状の話をしている。薬の副作用のこと、動けない日のこと。聞いている誰かが「わかる」と返す。
この二文字が、闘病垢のスペースではものすごく頻繁に出てくる。前回「無理しないで」について書いたけれど、今回はもう少し手前にある言葉——「わかる」の話。
「わかる」が通じる場所
たとえば、発達障害の人が「薬の副作用で昼間ずっと眠い」と言う。同じ薬を飲んでいる人が「わかる、自分もそう」と返す。うつで休職中の人が「朝起きるだけで体力の半分使う」と言えば、似た状況の人が「それ、ほんとにそう」と返す。
外の人——友人でも家族でも——に同じ話をしたら、たいていは沈黙か「大変だね」で終わる。悪意ではない。経験していないから返す言葉がないだけで、それは仕方のないことだと思う。
闘病垢の中では前提が違う。同じ薬を飲んでいる。同じ症状で動けなくなる。同じ制度の手続きで消耗する。経験が重なっているから「わかる」が出て、受け取る側も「この人は本当にわかっている」と感じられる。
似た病気や特性を持つ人同士だと、この感覚はかなり強い。「自分はこうしてる」「それ試してみる」みたいな小さなやりとりが生まれることもある。外ではまず起きない種類の会話だ。
外では通じない二文字
外の人に「わかるよ」と言われると、少し身構える。
たいていは会話を終わらせるための言葉だと感じる。「わかるわかる、俺もそういうことあったわ」。悪気はないのだと思う。でもそれは「聞いた」の合図であって、「わかった」ではない。経験していないことに「わかる」と言われると、なんとなく話を打ち切られた気持ちになる。
あれは「外の人が当事者に声をかける」場面の話だと思う。闘病垢のスペースとは状況が違う。当事者同士の「わかる」は、少なくとも一部は本当に経験に裏打ちされている。
ただ、万能ではない。
闘病垢にいる人の病気はそれぞれ違う。うつと統合失調症では苦しみの質が違うし、発達の困りごとと摂食の困りごとは重ならない。自分の場合、解離やセクシュアリティの話になると、場の空気が少し変わることがある。悪意ではない。ただ「そこはちょっとわからない」という間が生まれる。
「わかる」が通貨の場所で、「わからない」が露呈する瞬間は、地味に堪える。 気を使わないと辛い。雑に「わかる」と返せないトピックがあるということ自体が、この通貨の限界を示している。
「すごいね」のほうが楽だった
スペースにいると、「わかる」が一種の通貨のように流通しているのを感じる。誰かが話す。「わかる」が返る。それだけで安心感が生まれるし、「わかる」を返すことで場に参加できる。声を出さなくても、テキストで「わかる」と打てばいい。参加のハードルが低い通貨だ。
ただ、「わかる」で場が回ること自体に、うっすらとした違和感もある。解決にはならない。全員が当事者だから、回復の道を知っている人がいない。「わかる」を交換し続ける場所は、ぬるま湯と言えばぬるま湯だ。自分も含めて。そのままずっとここにいよう、という空気に抵抗感がないと言えば嘘になる。
意外だったのは、「わかる」よりも「すごいね」とか「頑張ってるね」のほうが地味に良かった、という感覚だ。
「わかる」は共有だけれど、「すごいね」は承認に近い。共有されるよりも認めてもらうほうが、楽なときがある。全員が共有者であるこの場所で、たまに承認をくれる人がいると、ちょっと救われる。
ぬるま湯を否定はしない
闘病垢を卒業しよう、という主張をネットで見かけることがある。共感だけでは回復しない。それはたぶん正しい。
でも、「わかる」がなかったらどうなっていたか、ということも考える。外の世界で「わかってもらえない」が積み重なったからここに来ている。ぬるま湯かもしれない。でもぬるま湯がなかったら凍えていたかもしれない。
「わかる」は完璧な通貨ではない。病気が違えば通じないし、解決にもならない。でも、完璧ではないものに支えられて日々を送っている人がたくさんいる。自分もたぶんその一人だ。
「わかる」が通じる場所のありがたさは、外で「わかってもらえなかった」経験がある人ほど感じると思う。うつ病、自殺未遂、生活保護——小林エリコのこの本には、どん底から再生するまでが淡々と書かれていて、読んでいると何度か「わかる」と思った。
小林エリコ『この地獄を生きるのだ』
¥990(税込)
ブラック企業、うつ病、生活保護。どん底から「再生」するまでを綴った当事者の記録。淡々とした筆致が、逆に刺さる。
次回は、この界隈にある独特の文化——「しれっと消える」ことについて書く。
次に読む: しれっと消える文化
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※この記事は個人の体験と観察に基づいています。症状や治療については主治医にご相談ください。

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